« BBQ | ホーム | 大阪城 »

2010年9月 5日

ぼそっ!

仕事をしていると色んな発見があって面白い。
先日、マーケティングに関するセミナーに参加した。

有名な先生らしく、高齢でありながらフランクな喋りに引き寄せられてしまった。

「買い物難民」

という言葉に代表されるように、「効率」「利益」を追求した結果。
小売業という商売は殆どが大資本に呑み込まれてしまった。

70?80歳のお年寄りが、車を運転して大規模ショッピングモールに買い物に行く訳が無い。
これからは「絆」の時代です!と講師。

自分自身に置き換えてみれば、昔は足しげく通ったお気に入りのショップは無くなり。

ここ

と思う場所は「駅のキオスク」ぐらいで、欲しいものは殆どネットで購入している。

キオスクで言えば、自宅の最寄り駅のおばちゃんは、スローペースで段取りが悪く、いつもハラハラさせられるキャラ。
乗り継ぎ駅のおばちゃんは、可も無く不可もなく平均的なキャラ。
会社の最寄り駅のおばちゃんは、要領が良く「流石」と唸りたくなるような仕事っぷり。
何故か?3箇所全てのおばちゃんに顔を覚えられている。

駅のキオスクなんかは、正直どこでも一緒で大差は無いはずなんですが、売上に違いが出ているような気がする。
その内カリスマキオスクおばちゃんなんかが出てきたら...
って思ってググッたら。


さんってのがいるんですね。ビックリ!
どんな仕事でも一生懸命やることの素晴らしさ。
その仕事の中に「楽しさ」を発見できる素晴らしさ。

そのプロ根性にただただ脱帽するばかりです。

先日、メール(ネット)が悪いってのは、どうもしっくりこないという話を書きましたが。
ほんのひと昔前は「テレビが悪い」「漫画が悪い」「ゲームが悪い」って言われてたなぁ。
ということを思い出しました。

私が思うメールは、あくまで情報を伝達する一手段であって手紙でも、電話でも、はがきでも、FAXでも、直接会いに行ってでも、ケースバイケースでTPOに合わせて使い分ければ良いと思うのですが、間違ってるんでしょうか?

なんか「●●が悪い」って話を聞くたびに、そう感じてしまいます。
先のセミナーでも、

「ブログが悪い」
「ツイッターが悪い」
「ネットが悪い」

と「悪い」ばかりが強調されていることに少し違和感を覚えました。

「冷たい」「一方通行」というのがその主たる理由のようですが、恋人同士でも、友達でも、家族でもメールでコミュニケーションを取る事は多いと思いますし、日本人のように感情表現が元々下手糞な民族は、昨今の国語力の低下?も手伝って文章で意思を伝える事に無言の抵抗があるような気がします。(人にもよるのかな?)

又は、急激な時代の変化が「未知への恐怖」を与え、それが攻撃(抵抗)へと繋がっているのでしょうか。
私は2chはあまり見ない(用事が無いので)のですが、それへの批判と少し似ている気がしています。
何となく悪い。何となく気に入らない。

私の前職の会社では、一切の会議が禁止され全てが「メール」で管理されていたのですが。
社内の風通しは、むしろ良くなりましたし、社員同士の仲も良くも悪くもなりませんでした。
オフィシャルな発言は全てメールでしたが、普通に会話もしていましたし呑みニケーションなんかも頻繁でした。

スタート当初は国語力(文章力)の乏しさから、「メールで喧嘩する」という面白い現象は発生しましたし、全ての意見が記録として残る怖さは、ある種の緊張感を与えてくれました。

取り残される人に、決して優しくは無い社会だと感じながら、それを攻撃する人を見ると...
自分は自分。堂々としていれば良いのになぁ。とぼんやり考えています。

某派遣会社の役員をしている同級生から。

「もうアカンわ...(大阪弁でもう無理という意)」

という電話。昨今の政治による派遣攻撃と、雇われ役員としての限界を感じてのヘルプ。
米国の株主のためだけに存在する仕事への不満。体力の限界 等。

理由はどうあれ、みんな壁にぶち当たってる。

私も1日1回は辞めようと、毎日思っている事。
辞めるにしても一番良いときに辞めろ。
とにかく一回会おう。

と言って電話を切りました、

人生はOK牧場。
らしく生きよ!

このブログ記事について

このページは、dasaiが2010年9月 5日 21:26に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「BBQ」です。

次のブログ記事は「大阪城」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。